バッハ フルートと通奏低音のためのソナタ

プロテスタントでも、宗教における音楽の価値を高く評価するルター正統派の熱心な教徒であったバッハ(1685〜1750)は、ワイマール公の宮廷内紛に巻き込まれたのが原因で1718年にケーテンの宮廷に転職しますが、それまでの教会音楽が中心だった活動は宮廷オーケストラの指揮という世俗音楽にかかわる活動に一変します。

宮廷には優れた楽器奏者が多数おり、それがブランデンブルグ協奏曲など華やかな作品を残した要因とも考えられます。

この曲もケーテンの時代に作られており、当時親交のあったドレスデンの宮廷楽団員でヨーロッパ最高のフルーティストとして有名だったピエール・ガブリエル・ビュッファルダン(1690ごろ〜1768)を想定して書いたとされています。

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